2014年2月26日水曜日

ニンジャスレイヤー キルズ「ゼロ・トレラント・サンスイ」第三話前半レビュー

 サイバーパンクニンジャ活劇小説、ニンジャスレイヤーの現在「水曜日のシリウス」で連載中の「ニンジャスレイヤー キルズ」。今回は原作の連載でも最初期のエピソード「ゼロ・トレラント・サンスイ」の後半です。
 第一話から最新話まではこちらから読めます。
 前回のレビューはこちらから。
ニンジャスレイヤー キルズ KILLs 第二話「ゼロ・トレラント・サンスイ」後半レビュー

嬉しい小ネタのアイサツシーン


 今回は、イクエイションの仇を討つ決意を固めたミニットマンと、全ニンジャに対する復讐者たるニンジャスレイヤーがアイサツを決めるシーンから始まります。
 熱心な読者の中には、この光景に見覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
ニンジャスレイヤー書籍公式サイト試し読みから引用)
そう、単行本版ニンジャスレイヤー第一部「ネオサイタマ炎上」第一巻の扉絵と構図を同じくしているのです。
 実際にわらいなく氏のイラストレーションへのリスペクトを意図したのかは分かりませんが、もしそうだとすれば有料の単行本に目を通していなければ把握できない要素をしっかりと盛り込んでいることになります。
 関根先生はほんやくチームと事前に徹底した研修を行ったとの公式からのアナウンスもあり、その可能性は考えてよいと思われます。どちらにせよ嬉しい共通点です。





ワン・インチ距離のコントラスト

ミニットマンのスリケンを交わし、ニンジャスレイヤーがその懐に入るシーンです。
 まず比較のためにさおとめあげは先生の「グラマラス・キラーズ」を見てみましょう。

 グラマラス・キラーズでは、攻撃をかわしてあっさり背後に周る余裕をもつフジキドの恐ろしさ、その虚ろな目に覗きこまれ、動揺するミニットマンの心理が印象的に描写されていました。
 では、「キルズ」ではどうなっているのでしょう?
全ニンジャに対するフジキドの憎悪と狂気、それに相対したミニットマンの恐怖。白と黒のコントラストで真っ二つに分断されたソウカイヤのエンブレムは、直後のミニットマンの死、ひいては後のソウカイヤ自体の崩壊を暗示しているかのようです。
  二つのコミカライズでは原作から同じエピソードを使用しています。しかし表現しているものは同じでも、全く与える印象が違うことが分かります。全く同じ筋を、全く違った味付けで楽しむことができるのが一連のコミカライズ企画の魅力です。

特撮らしいデザイン変更


 ミニットマンの執念が繋ぎ、フジキドの妻子を直接手に掛けた宿敵・ダークニンジャの登場です。

 他のアーティストによるデザインとくらべてみましょう。こちらは小説版ニンジャスレイヤーの挿絵を担当されているわらいなく氏によるものです。

 「キルズ」版で真っ先に目につくのは頭部の膨らみでしょう。まさに特撮の敵幹部といった見た目には「ハカイダー」との共通点を指摘するファンもいます。カラテの上位者の証を示す帯などのわらいなく氏のデザインを踏襲しつつ、より特撮らしさを強調しているようです。

 他にもこれまた特撮らしさを強調した爆発四散シーン、ダークニンジャのケレン味に溢れた抜刀カタパルトシーンなど、注目すべき点は多々ありますが、今回はこれくらいで筆を置こうと思います。はたしてどのようにアレンジされるのでしょうか?

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漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー

2014年2月12日水曜日

ニンジャスレイヤー キルズ KILLs 第二話「ゼロ・トレラント・サンスイ」後半レビュー

 サイバーパンクニンジャ活劇小説、ニンジャスレイヤーの現在「水曜日のシリウス」で連載中の「ニンジャスレイヤー キルズ」。今回は原作の連載でも最初期のエピソード「ゼロ・トレラント・サンスイ」の後半です。
 第一話から最新話まではこちらから読めます。

 まず冒頭で倒れ伏すミニットマンのシーンから。イクエイションの遺体から金目の物を漁ろうとした浮浪者を彼は怒りから殺害します。そしてシニフリ・ジツを用いてニンジャスレイヤーの攻撃から生き延びたことへの説明が入り、イクエイションに謝罪する独白を入れる事で二人の関係性にフォローしています。
 ここからはミニットマンによるニンジャスレイヤーの追跡シーンが続きます。
 何と言っても素晴らしいのはこの背景です。トンチキな日本語の広告看板に満たされ、貧困層がせわしなく動き回るディストピアはまさに映画「ブレードランナー」の世界。

 ここからはミニットマンが匍匐前進を中止し、変装して更に近距離を追跡するシーンが続き緊迫感が増していきます。最初から変装しておくべきでは? ニンジャスレイヤーも「忍」「殺」とおどろおどろしい書体で書かれたメンポをつけていたら変装も何もないのでは? などの漫画的突っ込みどころは目に付きますが、それはまず置いておいて、ここからは「キルズ」と原作や他のコミカライズとの違いについて目についたところを分析してみましょう。

削ぎ落とし


 まずはミニットマンが変装のために浮浪者から衣服を奪うシーンから。

逆にミニットマンは、自身の格好がいまだニンジャスーツのままである事に思い至った。衆目の中でこの出で立ちはベストとは言えない。彼は地下街の壁に寄りかかる浮浪者のボロを無慈悲に剥ぎ取った。ネオサイタマの大気に無防備に晒されれば、哀れな浮浪者は24時間以内に死ぬだろう。
posted at 21:29:32
原文では浮浪者から衣服を剥ぎ取るだけで済ませていたのに対し、「キルズ」では即死させています。24時間〜の説明も省かれています。これはどういう事でしょうか?
 違いは展開だけではありません。余湖・田畑版のコミカライズでは原作では地の文にあった説明文を漫画内にも挿入する傾向がありますが、それに対し「キルズ」では能力の説明の描写などはキャラの独白や視覚的表現に任せています。
 こうして見ていくと、他のコミカライズや原作と比べてもキルズは全体的に表現が簡潔でシンプルです。「キルズ」では背景情報を文章に頼らずに削ぎ落とす事で、漫画的な分かりやすさとテンポを優先しているのかもしれません。
 そういえば、キルズでは予告編にも単純化が見られます。原作ではそれぞれイッキ・ウチコワシとイモータル・ニンジャ・ワークショップに所属していたアムニジアとリー・アラキがニンジャスレイヤーの主な敵対組織であるソウカイヤ所属に変更されているのです。
また、原作には無かった電車内でミニットマンが人間を虐殺するシーンを入れる事で彼のニンジャとしての邪悪さを強調した形になっていますね。
 そしてミニットマンの拠点にしてニンジャスレイヤーの敵のアジト・トコロザワピラーの影と月をバックに挟んで向かい合う二人のニンジャ! この対峙シーンの絵的な美しさは相変わらず新人とは思えません。最終ページの挨拶に続く闘いが楽しみになってしまいます。次の第三話も期待大です。

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漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー

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2014年2月10日月曜日

漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 後半レビュー

 サイバーパンクニンジャ活劇、ニンジャスレイヤー。@njslyr_ukiyoeアカウントにて連載中の今回のエピソードは「ラスト・ガール・スタンディング」第一話後半です。
 Togetterと一緒にお読みください。
 前半のレビューはこちら
漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー
 さて、今回のヨタモノ(作中用語でならず者の事)達による暴力シーンが続きます。憎むべき敵を描き出し、読者の受けるストレスが解放される場面に向けての導入です。
アサリに乱暴しているのが二人。倉庫の出入り口に立って外を見張っているのが一人。全部で三人だ。皆、体格がよく、一人はオチムシャ・ヘアーだ。ヤモトの思考は乱れる。前後の記憶が曖昧だ。ここはどこ?何故こうなった?アサリは必死で抵抗するが、馬乗りになった男は容赦無くその顔を殴る。
posted at 18:09:56
全年齢誌のコンプティークでこのような過激な暴力・性的表現(このブログに載せられない程度)が掲載されるのはかなりの冒険に映ります。しかしコンプティークは創刊当初は成年向けゲームの特集を載せており、コンプエースにも成年向けゲームのコミカライズを多く連載しているので自然な流れかもしれません。
 そして追い詰められたヤモトは、飛び降り自殺を図ったショーゴーと衝突した際に憑依されたニンジャソウル、シ・ニンジャと相対します。
人間にニンジャの力を与えるニンジャソウルは同性にしか憑依しない、という設定があるので、当然このシーンに現れるべきは女ニンジャ(作中では「くノ一」という用語は使われません)のはずです。しかしこのシーンでは何故だか折り鶴で現れています。原作ではヤモトがオリガミ部に所属していたことは先に示されていますが、このコミカライズでは時系列が前後しているので唐突に感じる向きもあります。非常にシュールな構図ですが、何かインパクトを重視するなどの意図があるのかもしれません(ニンジャスレイヤーに全ての点で計算された合理性を求めるのも野暮かもしれませんが)

 そしてこのアクションシーンの爽快なこと!
 説明不要ですね。
 キリがないのでアクションシーンの残りはTogetterまとめで見ていただくとして、おっと思ったシーンを解説してみます。
どこが凄いのかお分かりでしょうか? そう、暴行の様子を撮影していたヨタモノを排除しつつ、同時に後々厄介をもたらすであろう証拠映像の隠滅を図っているのです。実は原作にはこのようなシーンはありませんが、にも拘わらずコミカライズ以前に既にあったかと錯覚するほどに流れが自然です。これは余湖・田畑両先生の構成力が光った形となりますね。
 また、覚醒した後のニンジャは暴走状態に陥り、周囲の人間たちを皆殺しにすることも珍しくありません(全く暴力的傾向を見せない例外もいるにはいますが)しかし今回の場合は証拠隠滅するだけの知能が働くこと、親友であるアサリを巻き込まないだけの理性を保っている事で、ニンジャとしてのヤモトの恐ろしさをかえって強調していますね。前半でモータル(作中用語で非ニンジャの人間の事。ニンジャの多くは人間よりも長寿なことからイモータル=不死との対比として使われる)に対してニンジャの力を容赦なく振るったショーゴーとの対比としているのかもしれません。

 前半が28ページだったのに対して今回は12ページでしたので、解説の記事も短いものとなりました(それを感じさせない濃密さではありましたが)尺が余ったのでこの辺りで前半から注目のシーンを選り抜いてみたいと思います。
 オカルトミステリ部のヒメコさんです。遥か未来のニンジャスレイヤーの世界観においてもこうした非科学的興味は存続していると示しています。
はい、カワイイですね。ニンジャスレイヤーにおいてサイバーサングラスを装着している女性というと、ニュースキャスターのオイランやサイバーゴスのヨモギなど、テックに彩られた美しさとともに一種のけばけばしさを感じさせる印象が個人的には強い。しかしヒメコ=サンは純朴さとテクノを両立しています。コミカライズオリジナルでこれほど破壊力のあるキャラを創出してくださるとはヨゴ・タバタ両センセイもニクい事をしてくれます。ワーオ! ワーオ! 素晴らしい! ◆いじょうです◆
(え? ショーゴー? もう少し後でまとめて取り上げてあげるので辛抱願います。ホントですってば)

 ラスト・ガール・スタンディングの原作小説、日本語訳版が収録された書籍版はこちら。コミカライズに先駆けて一足早く展開を追いたい方に。
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 Togetterで読むことも出来ます。
 余湖・田畑コンビによるコミカライズ単行本、マシン・オブ・ヴェンジェンスはこちら。

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漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー

2014年2月8日土曜日

ダシール・ハメット「影なき男」レビュー

 クーンツの読書マラソン、48冊目はダシール・ハメット「影なき男」です。
影なき男
 1930〜40年代に活躍したハードボイルド作家の中でもトップに立つダシール・ハメットの最後の長編です。
 その文体にはSFのような優美さや壮大さはありません。ハードボイルド式の贅肉が極限まで削ぎ落とされた文体はそっけなさ・味気なささえ感じる程です。しかし文章に地力があるせいか不思議とすいすいと読めてしまいます。
 アメリカの作家、ディーン・クーンツも「ベストセラー小説の書き方」の中で次のように絶賛し、彼の全作品を読むように勧めています。
ハメットの作品は、時の試練に耐え、われわれが死んだあともずっと読み続けられるだろう。
プロットは典型的なフーダニット(Who Done It ?)式。とある発明家・ワイナントの秘書ジュリアが殺され、ワイナントは行方不明に。当然ワイナントが第一容疑者ということになりますが、挙がった証拠や変わりゆく状況から矛盾が見つかり……その過程で探偵を引退した主人公にも疑いが掛けられ、嫌々ながらも警察とは付かず離れずの関係を保ちつつ独自に捜査を進めていくことになります。
 主人公の一人称で進んでいく捜査の描写は、ハメット自身が探偵として活躍していただけあってとてもリアルです。
 キャラクター同士の軽妙な会話もまた魅力。常に酒を入れている酔っぱらいの主人公は聡明で愛らしい妻の助けを借りつつ
 言うことが二転三転しまるで信用ならないミミ・ヨンゲルセン夫人、
 ミミと対立し主人公の家に転がり込む家出少女ドロシー、
 知りたがりな変人少年ギルバート、
 などを交えて酒場での交流などから手がかりを引き出していきます。バーや個人的な話し合いの際に何度も出てくるグラスの描写は読んでいる読者の鼻にまでアルコールの匂いが漂ってくるかのよう。「酒」という漢字だけで50回は出てきます。前回のタウ・ゼロをぐいぐい引っ張っていくと表現するなら、影なき男は軽妙な会話で押し転がしていく文体と言えるでしょう。
 別に酒を呑んでばかり要るわけでもなく、捜査が進む内に主人公がならず者から銃撃を受けたり、死体が増えていくなど緊張感を保つ工夫も忘れていません。最後の謎解きの場面で原題の"The Thin Man"(痩せた男)の意味が分かれば思わず膝を打つことでしょう。
(本筋とは関係ないことですが、原作が1934年に出版されたせいか、現代ではありえない表現が頻繁に登場します。ミミ夫人がヒステリーを起こして倒れる場面などはその典型でしょう)
 ドラマ化もされており、人気のシリーズとなっています。
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2014年2月7日金曜日

漫画版ニンジャスレイヤー「ラスト・ガール・スタンディング」#1 前半レビュー

 サイバーパンクニンジャ活劇、ニンジャスレイヤー。アクメツ ・真マジンガーZERO の余湖裕輝・田畑由秋コンビが連載中のコミカライズが@njslyr_ukiyoeアカウントにて放送され、またもやファン・コミュニティを沸かせました。今回のエピソードは「ラスト・ガール・スタンディング」です。
 ラスト・ガール・スタンディングは忍殺の中でも屈指の人気エピソードで、第一回エピソード人気投票で二位に大差を付けての一位になるほどです。コミカライズでこれ程早く切り札を切ってしまう辺り、連載誌のコンプティーク・コンプエースにて確固とした位置の確立へに向けての余湖・田畑両先生の本気が伺えますね。
 当然、漫画に盛り込まれた工夫にもその本気は表れています。二つのポイントに分けて見て行きましょう。
 Togetterと合わせてお読みください。

簡潔さ


 「その男子生徒は遺書を書かなかった」「見せる相手がいないからだ」──素晴らしい文章です。このたった2文で読者は彼が自殺に追い込まれている事、にも拘わらず頼れる人が誰もいない天涯孤独の身である事、というバックストーリーをありありと思い浮かべ、悟る事ができるのです。原文の魅力を抽出するのにこれ以上の事はできないでしょう。
その日のキョートの空は雲ひとつない快晴で、たいへんな暑さであった。四方に配置されたクロームのシャチホコ・スタテューが鈍く日光を反射する。校舎屋上に立つと、バイオセミの鳴き声が不快な湿気を伴ってまとわりつくようだった。ショーゴーは遺書は書かなかった。見せる相手がいないからだ。
posted at 14:21:39
これだけのシンプルな文章にどれだけ深遠な意味が込められていることでしょうか? ツイッターの140文字制限は5・7・5の形式で縛られた俳句に通ずるものがある、と半ば冗談めかして語られることは時々ありますが、ニンジャスレイヤーに限ってはあながち冗談でもないのかもしれません。

 3ページ目を見てみましょう。
 ここで気づいた方がいらっしゃるかもしれません、。原文には「バイオセミの鳴き声」とあるのにも拘わらず、漫画版ではここまでの3ページに擬音が一切描かれていません。
以前の話においても、余湖・田畑両先生は特徴的な描き文字を数多く挿入しています。これはどうした事でしょう? もちろん意味があるのでしょう。原文では次のようになっています。

淡々とフェンスを乗り越えたショーゴーは、容易く下へとダイブした。落下は瞑想めいた時間であった。死角から落下地点へ、ゴミ箱を抱えた一人の女子生徒が歩き出てきた瞬間までは。「危ない!」と叫ぶ間などありはしなかった。さらに恐ろしい事に、激突しても意識は途絶えなかった。
posted at 14:30:29
「落下は瞑想めいた時間」。映画的なスローモーションが目に浮かぶようではありませんか? こうした「間」を表現するのに余計な要素を加えてはかえって邪魔です。そこで余湖・田畑両先生は擬音をあえて描かない事で原文の静けさ、静謐さといったものを演出したのではないか? と私は推測しています。加えるだけではなく、削ることでも豊かな表現を盛り込める。プレゼンにおいて簡潔さの重要さを説くために禅の精神が引き合いに出される事は多々ありますが、シンプリスティックな態度はマンガ表現においても通用することは分かります。

対比


 余湖・田畑両先生の構成力を証明しているのは簡潔さだけではありません。例えば4ページ目。
 ここにネオサイタマの情景を挿入することで、冒頭の「雲ひとつない快晴のキョートの空」との対比を作っています。

 そして今回新要素として登場するのは、人気キャラクターの「アサリ」「ヤモト・コキ」。
今迄の余湖・田畑両先生の担当エピソードでは、ヤクザとニンジャ組織の抗争、カチグミから死への転落といった、男臭さや無常が感じられるものが中心でした。こういった殺伐とした展開に慣れていた方は、今回美少女の登場に違和感を覚えるかもしれません。しかしそれは周到に計算されたものなのです。原作者へのインタビューを見てみましょう。

---「ありがとうございました。次は作品の根底に流れる思想や、お二人なりのニンジャ世界観について質問させてください。まずは、カワイイについてです。そこのショドーにも書いてありますね。何故ニンジャスレイヤーの作品中にはカワイイの要素が含まれるのでしょう?一見、違和感があるのですが」
posted at 18:55:25モーゼズ「答えは単純。リアルな日本を描こうとするならば、カワイイの要素は外せない。カワイイを排除したハードボイルド・サイバーパンクを作っても、上辺だけのフェイクになるだろう。僕も最初はカワイイには否定的だったが、ボンドからカワイイの語源はカワイソウだと聞いて、考えを改めたんだ」
posted at 19:20:40
この通り、原作者のボンド・モーゼズ両氏は日本を描く上での必須要素として意識的に「カワイイ」を取り入れているのです。忍殺の魅力はこの貪欲さと多芸さにもあると言えるでしょう。

 ところで、7ページ目にてアサリとヤモトは「ユウジョウ!」との間違った日本観に基づく挨拶を交わしますが、前回連載のエピソード「キルゾーン・スモトリ」にも同じキーワードが登場したのを覚えていますか?
 二人のカチグミ・サラリマンのユウジョウはいつ互いを裏切るとも知れぬ薄っぺらなもので、数多の人間の運命を掌に載せる資本主義を象徴するかのようなニンジャの登場によって無残に引き裂かれる結果に終わってしまいました。それと対比して純粋ともいえるヤモト・アサリのユウジョウは、原作でも繰り返し前面に出てくるテーマでもあります。

 他にも30人のヤンクを相手にし一歩も引かないショーゴーのワイルドさ、サイバーサングラスのテクノと純朴さを両立したヒメコの可愛らしさなど、濃密な27ページの中に見どころは山ほどあります。しかし今回はひとまずこの辺りで筆を置き、残りは是非ご自身の目で見ていただきたいと思います。

 ニコニコ動画にも手書き動画がアップされています。

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2014年2月6日木曜日

レイ・ブラッドベリ「10月はたそがれの国」(創元SF文庫)レビュー

 クーンツの読書マラソン、46冊目はレイ・ブラッドベリ「10月はたそがれの国 (創元SF文庫)」です。

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)

 SFで知られるブラッドベリですが、初期の短篇集を改訂しただけあってホラーとファンタジーに寄っています。
 タイトル通り10月に読むべき本でしょう。どの作品も季節感に溢れています。

 前半は、骨の痛みから胡散臭い医者の助言を聞いて以来骨格と分離しての闘いを繰り広げる「骨」、「小さな殺人者」「次の番」など、「だから言わんこっちゃない」式のホラーが多くを占めます。後半になるにつれてテンションが上がっていく印象です。今回は後半を中心に印象に残った作品を挙げていきます。

マチスのポーカー・チップの目
 「世界で最も退屈な男」ジョージ・ガーヴェイ。彼が芸術家のグループからひょんなことから注目されて、平凡な生活に彩りが加わる。しかしその注目も所詮は気まぐれからの産物であり、芸術家の興味も次第に他に移っていく。飽きられる事を拒んだガーヴェイがとった手段とは……
 他人から面白がられる人が、自分で狙って面白いことができるとは限らない。現代においても、ツイッターやネット生放送などで過激なパフォーマンスで耳目を集めようとした結果、エスカレートして重大な事件を起こしてしまう例は枚挙に暇がありません。非常に身につまされるとともに、1955年の時点でこれを書いたブラッドベリの慧眼には感嘆するばかり。

大鎌
 農夫、ドルー・エリックスンは一家を載せてドライブしていたが、車がガス欠で止まってしまう。泊めてもらいに農場に入ると老人が片手に稲穂を携えて死んでいた。中には飢えに困らないだけの食料があり、傍らの大鎌には<<我を支配するものは──この世を支配する!>>と刻まれている。老人の遺言に書かれている通り、とある仕事を引き継ぐことを条件に男は穀物畑を譲り受けるのだが?
 まるで童話のよう。日本にもロウソクの長さがそのまま寿命となる昔話がありますが、この話の場合は男が刈る稲穂こそが命なのです。自分のやっていることの意味に気がついてしまったドルーはも仕事を投げ出しますが、ある日火事の煙に巻かれてなお生き続ける抜け殻と化した妻と子の姿を目撃してしまいます。おそらく世界中の人々も同じように死を待っている。ドルーが刈らなければ永久に生き続けるでしょう。誰かがやらなければならない仕事なのです。ドルーが覚悟を決め、大きな歯車の中に組み込まれたかのように一心に鎌を振るうシーンの壮絶さは挿絵がなくとも情景がありありと浮かんできます。

アンクル・エナー
 背に羽の生えた男と人間の女性のラブ・ロマンス!
 人目を避けて夜の飛行を楽しんでいた彼は、ヨーロッパ旅行の途中の酔っぱらい飛行で電線に引っかかり感電。感覚器官を失い夜間の飛行ができなくなってしまいます。墜落した先で助けてもらった女性と結婚し、再び空を飛ぶことを夢見てくすぶっていた男に子どもが示した道筋とは?
 ブラッドベリの読後感は後味の悪いすっきり爽やかに二分されるのですが、これは後者。飛行シーンの爽快感は読んでいる自分まで空を飛んでいるよう。


 人間を襲い、その命を自身に取り込む風と人間の闘いを描いた作品。
 普通の作品なら風と闘うアリンの視点で話が進むのでしょうが、この話はアリンの話を電話で耳を傾けるトンプソンの視点で固定されています。最初から最後まで電話を通して間接的に事件を描き出しているのです。
 果たしてアリンの闘いはどうなったのか、「風」は実在するのか、それとも全てただの妄想なのか、最後まで分からない緊張感を与えています。最終2ページの寂寥感はブラッドベリならでは。

二階の下宿人
 ダグラス少年の下宿にやって来たコーバーマンさんは銀貨の代わりに銅貨を持ち歩き、銀食器を決して使わない。彼は昼の間はぐっすりと眠り、夜の間だけどこかに出かけていく。一方で街なかでは体中に刺青を施された女の遺体が発見され……
 この時点で吸血鬼ものだということは察しがつくとは思いますが、私が今まで読んだヴァンパイアものの中でも屈指のシュールさです。ヤツの眠る部屋への緊張感ある突入シーンを越え、ダグラス少年が祖母に「内容物」を意気揚々と見せつける辺りで不条理感はピークに達します。いやはや、一番不気味なのは少年の思考回路なのでは。

ある老母の話
 死を受け入れることを拒否し、結婚もせずに好き勝手に生きているティルディ伯母の元に黒服の青年がやってくるが……
 最も読んでいて気持ちいい作品の一つ。死神の思惑さえもぶち破る強引さ、身体のコントロールを取り戻していくシーンの爽やかさ、最後の1ページの明るさは元気を与えてくれるでしょう。
 不気味で後味の悪い作品も多いブラッドベリですが、時々こういうぶっちぎりのホームランを放り込んでくれるのでやめられません。

集会
 アンデッドの一族の中で人間として生まれてしまった少年の話。ハロウィン・ソングを聴きながら読みたいですね。
 一家の中でのけ者にされていると感じているティモシーに道を示してくれるエナー叔父さんはエンクルー・エナーのエナーと同一人物なのでしょうか?

ダッドリー・ストーンのふしぎな死
 流行作家、ダッドリー・ストーン。次の作品に行き詰っていたある日、彼の成功を妬んだ親友が殺しにきて……
 何もかも放り投げて豊かな生活を送る、筆を折った作家。断筆こそが恩恵との彼の考え方を合理化と切って捨てることもできるのですが、こちらのレビューを読んではっとさせられるものがありました。
終わらない。生きている限り。そこからどんな素晴らしい人生も創り出せる。未練こそ敵だ。
何事も心の持ちようという当たり前でも見落としがちな結論が、ブラッドベリらしい、豊かな生活へのあこがれと郷愁をもって描き出されていることが分かりますね。
 「集会」「びっくり箱」「みずうみ」の三作品は少女漫画の大家・萩尾望都によるコミカライズ「ウは宇宙船のウ」にも収録されています。こちらも面白いですよ。

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2014年2月5日水曜日

「NINJA SLAYER 殺〈ニンジャスレイヤー キルズ〉KILLs 002 ゼロ・トレランス・サンスイ」前半レビュー

 日本のネット・コミュニティを騒がせているサイバーパンクニンジャ活劇小説、ニンジャスレイヤー。エンターブレイン社を通して積極的に商業展開を行っており、昨年末にも、「アクメツ 」「真マジンガーZERO 」でお馴染みの余湖裕輝・田畑由秋コンビによる「マシン・オブ・ヴェンジェンス」や、ボーイズラブと少女漫画で活躍しているさおとめあげは先生の「グラマラス・キラーズ」に続く三番目のコミカライズを発表してファンの度肝を抜きました。それが現在「水曜日のシリウス」で連載中の「ニンジャスレイヤー キルズ」。
 漫画界ではベテランといえる余湖田畑コンビ・さおとめあげは先生と違い、関根光太郎先生は新人です。コミカライズが初の商業作品ということもあり、経験不足を心配する声もありました。しかし関根先生は今のところ、そうした心配は杞憂であると証明し続けています。この記事では「キルズ」がコミカライズとしていかに優れているかをレビューしていきたいと思います。
 第一話から最新話まではこちらから読めます。

原作のお約束を踏襲


  この画面を見た瞬間、しょっぱなからニヤニヤさせられてしまいました。ニンジャスレイヤーは短編を時系列ごと細切れにしてツイッターで連載するという形をとっているため、その日の更新分の最初は「これまでのあらすじ」から始まるのがお約束となっているのです。
 原作のツイートを見てみましょう。
実はこれ、ニンジャスレイヤーの公式アカウントができてから2つ目のツイートです。
 時系列カットアップ形式をとることで「連載第一回なのにあらすじから始まる」というアクロバットな試みから始まった原作ですが、コミカライズでは原作のお約束をしっかりと取り込んでいることが分かりますね。

 ここからは原作のネタバレになります。

原作の空白を上手に補完



 匍匐前進による移動というギミックのケレン味や崩れたフォントなど、この1ページだけでも見るべきものはたくさんありますが、ここでは原作と比較して気がついたことを指摘していきましょう。
 原作(日本語訳)のまとめはこちらから。

 原作通りに進むならこの後ミニットマンは死んだフリをすることでニンジャスレイヤーの手から逃れるわけですが、この情報からだけだと「ミニットマンはイクエイションを見捨ててニンジャスレイヤーをやり過ごしたのではないか?」という疑惑が拭えません。しかしコミカライズではイクエイションの死亡シーンを「不意を突かれての即死」と描写することで、あの時ミニットマンに取れる最善の手は死んだフリしかなかったということが即座に納得できる形で示されています。原作で説明がされなかった部分を上手に補完する。これも関根=センセイの手腕と言えるでしょう。
 さらに、写真を持つイクエイションのコマを挿入することで、「亡き家族の写真を奪われたニンジャスレイヤーが→それを取り返すべく二人組を追う」という主人公側の動機づけが分かりやすくなっています。たった一コマにこれだけの情報を詰め込めるのは、140文字以内にできるだけ多くの情報を分かりやすくつめ込む原作の簡潔な文体に通ずるものがあります。
 また、「つまらんな」と仇討ちを軽視していたイクエイションが仇討ちで死亡した結果、その相棒たるミニットマンがさらなる仇討ちに動き出す、という皮肉な効果を与えています。これもまた原作にはない要素です。
 単に展開をなぞるだけでなく、物語の雰囲気に合ったアレンジを加える。それはコミカライズ担当の確かな構成力と、それを支える画力がなければできません。
 翻訳チームによる事前のアナウンスからも、こうしたアレンジメントは周到な計算あってのものということが推し量れます。
 翻訳チームの周到さとアレンジ者の技量の幸せな融合。「ニンジャスレイヤー キルズ」、これからも期待大です。

 「ゼロ・トレラント・サンスイ」はYoutubeの公式アカウントからサウンドドラマを聴くことができます。これもまたミニットマンとイクエイションのエピソードが補完されています。
 
 
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2014年2月4日火曜日

ポール・アンダースン「タウ・ゼロ」レビュー:光の速さで運行する宇宙船が止まれなくなったらどうなるの?

 クーンツの読書マラソン、47作目はポール・アンダースン「タウ・ゼロ」 です。

  兎から人間に至るまで地球上の全生物の知能が向上してパニックを起こし、崩壊する文明を描く長編デビュー作「脳波
 宇宙人の核と光線銃相手に中世英国騎士の剣と弓が無双する、爆笑必至のコミックSF「天翔ける十字軍
 など、名作揃いで評判のポール・アンダースン。デビューから20年で出版されたタウ・ゼロはそんな彼の作品の中でも最高作と誉れ高い一作です。実際1971年のヒューゴー賞にノミネート、日本でも星雲賞海外長編部門を受賞しています。日本語訳が1992年に出版されてから現在に至るまで版を重ねていますが、それも納得の大作です。

 舞台は核戦争後の地球。スウェーデンを中心にして文明を再生した人類は、32光年先のおとめ座ベータ星第三惑星に人間の住める星があるのではないかとの報告を無人探査機から受け取ります。そこで科学者たち50人を載せ、植民を見据えた有人探査船を送り込むことに。ところが船内時間3年目にしてトラブルが発生。突如発生した小星雲に衝突して減速機構が破壊され、加速しかできなくなってしまうのです。運良く人的被害は免れましたが、これでは着陸はできません。
 このまま50年経過で船内環境維持システムのタイムリミットを迎えてしまうのか? それとも再び衝突して今度こそ引きちぎられてしてしまうのか? 緩慢な死か即死か、いずれにしても八方塞がりの状況に放り込まれます。
 問題はそれにとどまらず、次々とエスカレートしていきます。減速システムを修復するためには、船外に出ても安全なほどに物質の密度が薄い箇所を見つけなければならず、それまでは星間ガスの密度の濃い領域に突っ込んでさらに加速しなければならないのです。ここで問題になるのはおなじみのウラシマ効果。「光速に近づけば近づくほど物体の過ごす時間が短くなる」というのがそれですが、時間の延長には際限がありません。物体が光の速さになることはありませんが、「光速にどれだけ近づいているか」の度合いには限りがないからです。生き残るために加速を続ければ、わずか数週間の間に地球が滅びてしまうのです。船を直さなければ生き残れないが、そのためには残してきた人類と永久に関係を絶たなければならない、というジレンマに彼らは直面することになります。

 これだけでも深刻な事件に巻き込まれていますが、アイデアがこれだけならこの小説が今日まで読まれることはなかったでしょう。SFに盛り込まれる科学理論は古くなってしまうからです。実際のところ、21世紀のいま主流の理論と矛盾する箇所は珍しくありません。では、なぜ「タウ・ゼロ」は現代でも時代遅れにならずに済んでいるのでしょうか?
 そう、主人公たちが立ち向かう試練は機器のトラブルと宇宙空間だけではないのです。船員は植民先の惑星で子孫を作ることを期待されているため、50人の男女がちょうど一対一の割合で宇宙船に乗り込んでいます。その大部分は整備士・エンジニア・天才科学者で、いずれも癖のある人物ばかり。
 酒癖の悪いアメリカ人、天才だが野暮ったく気難しいスウェーデン人天文学者、熟練しているが極限状況に立ち向かうにはやや年老いすぎている船長……心理テストには 合格していますが、もちろんこんな事態までは想定していません。
 浮気から来る男女関係の縺れ、問題打開へのキー・パーソンの発病、無重力空間での妊娠まで、想定されうるあらゆる問題と闘うことになるのです。しかも船内には、二度と地球に帰れなく、いつ死ぬとも知れないゆえの絶望感が常に蔓延しています。自殺や暴動寸前に行くことも珍しくありません。
 まさに内憂外患です。
 この絶望に不屈の精神で立ち向かうのは主人公のチャールズ・レイモント。孤児から戦闘のプロへと這い上がり、不測の事態に対応する護衛官として乗り込んだ彼は、プロ意識の高さから同乗のインテリ達と衝突することも珍しくありません。しかしそんな自身の気質さえも計算にいれ、貧民街で知り尽くした人間関係の裏を縫ってスパイや懐柔役を巧みに配置。ある時は憎まれ役を買ってでて、ある時は脅し、ある時は演説で奮い立たせつつながら一癖も二癖もある登場人物たちをコントロールしていきます。
 彼を通して描かれるのは極限状況でさらけ出される人間の醜さとその克服、人間関係の崩壊と再生。それは全宇宙の終焉と再創造を象徴しているかのよう。いつの時代も古びることのない普遍的な人間ドラマがプロットを屋台骨を支えているのです。

 見事なのはプロットだけではありません。読んでみると文章の太さに感嘆します。 1947年のデビューから20年を経て鍛え上げられた筆力のお陰で、読者は複雑な科学理論に押しつぶされずにぐいぐいと勢いで読むことができます。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」「たったひとつの冴えたやりかた 」でおなじみの浅倉久志氏の訳も原文の魅力を活き活きと浮かび上がらせるのに貢献しています。まさしくベテランとベテランのタッグと言えるでしょう。
 そして永遠の隔絶との闘いの果てに導かれる結末の壮大なこと! SFならではの規模の大きさは私が読んだどの小説でも随一です。スケールに限れば「虎よ、虎よ!」が霞んで見えるほどです。これ以上先はぜひ自分の目で確かめていただきたいですね。
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